レオのブログ

人生100年時代と言われる昨今ですが、半分をようやく超えた52歳でアーリーリタイアして、行き方を模索しているブログです。

10月23日 バイカル湖畔リストビャンカを訪ねる。

時系列が無茶苦茶で申し訳ないですが、シベリア鉄道の列車内で書いた記事を、載せていきます。

 

 

10月23日 天候 曇りのち晴れ 

 

11時ごろ イルクーツクの宿 Rolling Stones Hostelで教えてもらったリストヴィンカ行のバス停を探すが見当たらず、時間の経過とともに腹痛になる。私の身体は丈夫(無神経ともいう)で、海外でも腹痛を含め体調が悪くなることはあまりないが、本日の腹の調子は今一つ。

大きな公設市場を見つけトイレを探す。

 

トイレを探すのに言葉はいらない。苦しい顔で腹を抑えながら〝トイレ・トイレ”と言えば、今まで何処でも通じた。ここでも問題なく教えてもらい、20㍔の有料トイレに入る。

 

腹痛は落ち着いたので、トイレ受付の女性にバス停を聞く。英語は全く通じないが、分かった感じで別れると、追っかけてきてバス停の近くまで一緒に案内してくれた。

 

バスは15人程が乗れるマイクロバス、30分おきに出ているようだった。乗客は基本的にバス停で乗降するが、手を挙げた人がいれば乗せている。相談すれば希望の場所で降りることも可能のよう。

 

 

 

料金は約70㎞ほど離れたバイカル湖畔のリストヴィンカまで約1時間かかって、120㍔+荷物代60㍔で計180㍔。共産圏は公共交通費が安い。

 

バイカル湖畔を散策すると、海の家のような小屋がある。観光客はバイカル湖を見ながら寛いでいる。そこにギターを抱えた流しの老人、抱えているのは12弦ギター。演奏は聞けず残念だったが、ロシアは生活に音楽が染み付いている場面を何度も見かける。

 

 

 

湖岸では、地元の漁師が小さな舟を車で牽引して、出航の準備をしている。湖畔には魚市場があり、バイカル湖名物のオームリの焼魚と燻製を各1尾買う。1尾100㍔、冷えてないビールと焼き飯も買って、その場で食べる。


魚は脂がのった旨い白身だが、鮭のような皮なので、もう少し強めに焼いてお茶漬けにしても旨いだろうと想像しなから食べる。気温が低いので、冷たくなくてもビールは問題なく、魚との相性がいい。燻製は食べきれず後日に。

 

 

夕日が素晴らしく綺麗かったので、屋外で焼魚を食べながらタイプラプスで撮影。日が落ちていくにつれて、冷え込みが厳しくなり、カメラをセットしたまま、隣の若者グループと一緒に屋内に移動する。

 

 

隣の若者は4人組の男女。水タバコを吸いながらアルコールを飲んで、頭髪は刈り込んだデザイン、袖口からは危険な感じのtatooも見え、一瞬たじろぐが至ってフレンドリー。土産物屋でも屋台でも老若男女から気軽に声が掛かり、買わなくても嫌な顔一つ見せず、ロシア人の印象が大きく変わる。

 

 

その日は新月に近く、リストヴィンカの宿は山中で辺りに光源が少ない。天気も良く星空の撮影に期待して、夜中12時ごろ部屋を抜け出し屋外に出るが、雲に隠れて星空は姿を見せず。

 

星空が見れず肩を落とすも、冷え込みがハンパなく、心の片隅ではホッとして部屋に戻り、寝床に就いた。(星空の撮影は一枚1分以上掛かる事もあり、シャッターが開いてる間は動く事も出来ず身体が芯から冷えて、集中すると体調を壊す可能性大)

 

翌24日、バイカル湖を見下ろす展望台を登る。そこは冬場は小さなスキー場となる場所、リフトがあったので往復のチケットを買って昇る。頂上からの見晴らしは、天候も良く抜群。短いリフトだったので、帰りは景色を見ながら歩くことにした。

 

 

 

下る途中には更に展望抜群の場所があり、リフトに乗らなくて正解。バイカル湖畔まで下り、散策がてらレストラン探しを兼ねて湖畔を歩くが、一向にレストランはない。寒さと乾燥からか、踵がひび割れして痛くなり、イルクーツク行のバスを待つ事にした。

 

 

 

バス停ではなかったが、15分ほど待っているとマイクロバスが見えたので、地元人のように手を上げて止まったバスに乗り込む。イルクーツクの町まで乗って、夕方にRolling Stones Hostel まで戻ってきた。